金沢中央教会
❖聖書箇所 ルカの福音書15章25節~32節 ❖説教者 川口 昌英 牧師
❖中心聖句 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。 ルカの福音書15章32節
❖説教の構成
◆(序)兄はどのような人か
放蕩の限りを尽くし、悔い改めた弟息子が父から迎えられたことに続く場面です。ここで言われている兄は、15章1節~2節にありますように、主のもとに神の救いについて話を聞くために集まっていた取税人や罪人(律法を無視して生活していた人々)たちを内心でさげすみ、拒絶したパリサイ人、律法学者たちです。
主イエスによって、人の根本問題である罪よりの救いが成就するという喜びの時が来ているのに、主の御心に反して、表面ばかりを見て、人を差別し、拒否している者たちです。
確かに、パリサイ人は、その語源である、分離する、汚れから離れることから分かるように、律法を重視し、見えるところでは清い生活を送っていた者たちです。又律法学者は、律法自体は言うまでもなく、古くから言い伝えられていることや律法の解釈、実際の適用例などについても広くて深い知識を持っている者たちです。どちらも当時のイスラエル社会において発言力を持ち、大きな影響力を持っていた人々です。
外見では敬虔に生きていましたが、けれども、主からその偽善性を厳しく咎められていた者たちです。(マタイ23章参照) 罪を正しく捉えていなかった、神の義を受けるうえにおいて決定的なあやまちをおかしていたからでした。忠実、敬虔に見えても、最も根本的な罪、神に背を向けている、自分を中心にして生きる姿勢を深く持っていた者たちであったのです。
◆(本論)兄は何が問題であったのか
①第一に、これらパリサイ人、律法学者たちは、うわべばかり見て、取税人、罪人たちの苦しみ、悲しみを少しも受けとめようとしていませんでした。彼らは、パウロが自分を率直に見て「私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいという善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。」(ローマ7章18節、19節) と語っていることなど理解出来ないのです。自分の意志で自分をコントロールできると思っていたのです。主イエスが人々と関わりを持たれたように、まず寄り添い、受け入れるようなことは一切なく、ただ人々のうわべばかり見ていたのです。
この譬えに戻りますと、兄は、弟の生き方を全く考えようとしなかったのです。直接非難している箇所はありませんが、弟を一切受け入れず、固く拒絶していることは容易に想像できます。弟が何故、父を無視し、背くようなことをしたのか、何故、そんな虚無的な生活をして来たのか、弟の内面に関心を持つことはありませんでした。ただ表面、現状だけを見て、ひたすら責める思いで心をいっぱいにしていたのです。
②二番目に、落ちぶれ、帰って来た弟を大喜びで迎えた父を冷ややかに見て、父の喜びを受けとめようとせず、むしろ不満をぶつけていることです。(28節~30節)
無論、父にしても、自分の欲のために、父との関係を断ち、好き勝手なことを行って身も心もボロボロになって帰ってきた息子ですから、全て認めている訳ではありません。言うべきことがいっぱいあるのです。けれども、今は、それよりもはるかに大きな喜びがあるのです。いなくなった、もう死んでしまったと思っていた息子が生きて悔い改めの思いを持って帰って来たのですから、これにまさる喜びがないのです。そのため、最大限喜び、出来る限りの歓迎をしようとしたのです。しかし、兄は、父がこれまで味わってきた悲しみ、苦しみ、そして今感じている喜びの意味を知ろうとはしないのです。
③何故、兄はこのような考えを持つのでしょうか。31節ではこのように言われています。「父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。』」
パリサイ人にしても律法学者にしても、取税人や「罪人」と違い、良い状況にいたのです。家庭的にも社会的にも恵まれた状況にあったのです。そして、神について、聖書について学び、考え、訓練を受けることができる環境にあったのです。ですから、本来は聖書を通して、人間の罪とそんな罪人に対する救いのご計画、深い恵みと慈しみを知ることが出来る立場であったのです。
それらを深く知ることによって、まだ主を知らない取税人や「罪人」の哀しみを思い、福音を伝える役割を担うべきでした。しかし、彼らは高ぶり、あたかも自分たちは特別の立場、清い者たちのように考え、振る舞い、自分たちのようでない者を非難、蔑み、主の御技を妨害する者になったのです。
ここでの譬えを見ますと、兄は、放蕩の限りを尽くし、一切のものを失い、ボロボロになって帰って来た弟を大喜びで迎え入れた父のとった行動を認めることが出来ませんでした。父が、弟のしたこと全部を認め、赦しているように思えたからです。父のもとに残り、日々真面目に働き、務めを果たしていた自分よりも、父が弟の方を喜んでいるように見えたからです。もちろん、父は
ただ自分の感情でそうしているのではありません。先に述べたような理由で喜んでいるのです。
実は、兄は、子にとって一番大切なことを知らなかったのです。父のもとにあって、父の慈しみと愛の中で成長し、将来に備えることが出来るすばらしさです。兄は、そんなとても恵まれた状況にいながら、その恵みを知らず、又、父にとって、反対の生き方をして来た、死んでいたのと同様の息子が悔い改めて帰って来たことがどれだけ喜びであるのか、知ろうともしませんでしたから、目の前の出来事に対して怒りの思いを持ったのです。実は、兄は人の真の苦しみも悲しみも喜びも知らない者だったのです。
◆(訴え)大切なものを知る人生
使徒パウロは、以前は兄のような者であり、そうでない者を裁く者でしたが、主により、深く自分自身を見つめた時に裁いている自分が罪人であること、実はこの譬えで言うなら、放蕩の限りを尽くした弟のような者であることが分かったのです。そして、神様の愛が分かったのです。
兄のような心を持って表面的な生涯を送ってはならない。表面ではなく、人の深くにある罪を見つめる者でありましょう。そこに自分にも向けられている父の愛があるのを知ることができるからです。私たちの周りでは、今も人生を兄のように考える人が多く、人生の大切なものを見失っています。誤解してはなりませんが、主イエスは、この弟のような姿を全面的に肯定し、一方、兄のような姿を全面的に否定しているのではありません。
主がこの譬えによって言われているのは、人生において真に大切なのは、人々からの評価ではなく、主から義とされるということです。立場や知識、経験よりも、真の神に対して悔い改め、その方のもとにあって生きることが大切ということです、そして、そこにこそ、人にとって一番大切な、罪と死の支配からの解放、新生、永遠の希望があるのです。
私たちの周りでは、弟がしている悔い改めて新しく生まれることよりも兄のような生き方をすることが評価されています。見えない生き方よりも見える生き方を気にする人が多いのです。しかし、その考えは実は不幸をもたらしているのです。生涯の大半を大過なく送りますが、人生の根本問題について何も解決がないゆえに、死、永遠に対して何も希望を持てないのです。そして他の人の苦しみ、悲しみ、孤独について少しも分からず、共に生きる人々に対して冷えた関係しか持てないのです。
弟のような生活をするかどうかではありません。大切なのは、生かされ、愛されているのに無視し、背いて生きている自分の姿、罪を知り、悔い改めることです。人生ではそれが大事です。
